ディプシーが、修行に出たまま一ヶ月以上が過ぎようとしていた。
息子には私が悪いと責められ、だって自分で窓開けて出て行ったンだから、しょうがないじゃんと言い返しつつも、落ち込む日々。近所を捜し回ったが、手がかりは全く掴めなかった。
6匹も似たような猫がいるんだから1匹くらい減ったってとも思うが、ところがどっこい、1匹減ってみるととっても数が少なくなったみたいな気がして、すっごく寂しくなってしまったのだ!
引越した新しい家が不安で、鎌倉ネコ合唱団と名づけるほど、毎晩みんなで鳴きつづけた。その合唱団のパートにも欠員が出ちゃうじゃ〜ないか!
そんなある日、近所の猫好きな方が教えてくださった。
「茶色の猫がウチの猫に混じって、時々ご飯を食べに来るンですョ。」
なに!?
ご飯を食べに来る茶トラと言えば、喰意地の張ったデブダシーに間違いない!
それからは、来たと教えていただくたびに、すっ飛んで見に行った。
夜の暗がりの中、懐中電灯の照らす先に光る二つの目。
遠くへ急いで逃げていく後ろ姿。
名前を呼ぶとかすかに返事。
きっとディプシーだ!
その方はホントに猫達を愛していて、ノラ君たちにも、分け隔てなく餌を与え可愛がっている。
たくさんいる猫達の中に、いつか私がディプシーのコトを話しして頼んだ黒白猫ちゃんがいた。
「あ〜、じゃあこの子が連れてきたンですよ、きっと。前にも連れてきたコトがあるンです。」
「時間を決めて餌をあげるようにしますから、時間が決まったら引き渡しますからネ。」
何度かディプシーの出現に飛んでったが、ひどく恐がっていて逃げる為、捕まえるのは諦めた。
自分の飼い猫なのに、長期戦で餌付けして、慣れさせるしかなさそうだ。
暗がりの遠目だけど、無事みたいで良かった。
あれだけ近所を捜して見つからなかったのに、ひょっこり現れるなんていったい何処へ行ってたンだろ?今までどこで食べて生きてきたンだろう。どっかでご飯を貰えるいいトコがあったンだろうか?とにかく生きててくれてホントに良かった!
それから少しすると、その猫好きの方が、餌を手にウチのチャイムを鳴らした。
「今、来てますョ!餌を上げてみて。この時間に必ずあそこで待ってますよ。」
言われた場所に行ってみた。
そこは、某国大使館別荘敷地。
もちろん入ることは容易にはできない。
閉まった大きな門の向こう側に、ディプシーは待っていた。
名前を呼ぶと、訴えるような、文句を言うような、叫びに似た鳴き声で答えてきた。
門の下の隙間から皿を差し入れ、餌をあげると、
「ウニャウニャウ、アウアウ・・・。」
と、文句言いっぱなしでイッキ食い。
ものすごい勢いで吸い込むように平らげた。
一時間、門を挟んでいろいろ話した。
なんで出て行っちゃったの?
みんなどんなに心配してたか。
ウチヘ帰っておいでョ。
みんな待ってるョ。
いっぱいご飯食べれるよ。
雨にも濡れないよ。
そのいちいちにディプシーは返事をしたが、門の向こうからこっちへは出てこなかった。国境の厚い門に阻まれて、ディプシーとの再会は容易には果たせなかった。
それから毎日、決まった時間に餌を持って行き、暗がりの門に向かってしゃがみ込み、見えない猫と1時間話す怪しい私になった。
通る人には、きっと、かなり危ないオバサンだったに違いない。
ディプシーが、大好きでスリスリしちゃうアリスに同行を頼んだ。マリンかあさんにも行って貰った。
それぞれに、帰っておいでェ〜〜と、呼びかけて貰った。それでもダメだった。
彼には、まだ何かやり残したコトがあるに違いない。帰れないワケがあるンだろう。
門の前に通うこと10日間。たまたま息子が一緒に行ってくれた時のこと。
ディプシーは息子の懐かしい声に、ついに門の下からこっちへ出てきた!
恐る恐るだが、息子にスリスリもした!
恐がらせないように、息子は、ゆっくりと優しく抱き上げた。
甘えるディプシー。
「引っかかれても何されても絶対に放さないで。」「わかってるよ。」
やったァ〜!
ようやくゲットだァ〜!
長かったああ〜!
抱かれるディプシーを撫でながら涙が出てきた。
家へ入れてみると今までの恐がりようは何だったのかと言うくらい、ノビノビとひっくり返ってお腹を出し、甘え、ゴロゴロ言ってる。すっかりくつろぐディプシー。
他の兄弟は、1ヶ月半ぶりのディプシーの匂いを嗅いで、シャーシャー言い、唸ってる。猫パンチも出してくる。
もう忘れちゃったの!?兄弟でしょ!仲良くしなさ〜い!
匂いが違うなら、私の匂いを付けなくちゃと、撫でまくる。
かなり痩せてしまった。でぶだしィの名前は返上だ。
その上、首輪に片手を通してしまって、遠山の金さん状態。
擦れて首とわきの下が真っ赤になって毛が抜けてる。
腕試しの修行の旅に出たンだと思ってた。
某国大使館敷地に入り込み、スパイ活動猫だったのだろ〜か。
外交官ナンバーの車の下に隠れてナニしてた?
でも実際は、単なる激痩せダイエットに励んでたディプシーなのだった!
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