Vol.95

おべんきょ・その3

1才を過ぎたブラックデビル・アレックスは、日々の鍛錬のお陰で、りっぱな破壊魔犬となった。
体は、我が家の尻尾のある動物で一番大きくなったが、アタマの中身はまだまだお子チャ魔。
小さな破壊は「へのカッパ」、さらに大きなターゲットを探し求め、家を壊す勢いで闘いを挑んでる。

ある時は壁だったり、ドア枠だったり、コンクリのカドだったり、玄関マットだったり、手ごたえ歯ごたえ充分な相手だ。
私が出かけていてアレがお留守番のヒマなひと時、今日はナニをやっつけようかしら〜ン♪と精を出す。

玄関を開けて入った私の叫び声を聞いたその途端に、アレの大きな耳は見事に後ろに倒れて無くなり、その大きな黒い体は、音も立てずにそそくさと視界から遠ざかる。
あたちはここには居ませんから・・・と、端っこで壁の一部と同化して息をひそめ、嵐の通り過ぎるのをジッと待つ。

あんまり酷く怒ると、今度はそのストレスで下痢をしてくれる。
これも困ったモノなので、ある程度叱ったところで切り上げなくてはならない。

見たところは、とっても反省してる表情。
「ママがあたちを置いて行っちゃうから、寂しくて、悲しくて、咬んじゃったの・・・。」
今にも泣き出しそうな上目使いを見ていると、それ以上怒れなくなる甘い私。

う〜〜む、高いものは買えないし置いておけないという良い理由だ。
やっつけられてもタメイキ一つで諦められるモノというのが、我が家の買い物条件だ。

玄関マットもカジカジされたので、新しくコストコで買ってきた熊のプーさんマット。
古いマットも犬のお昼寝用に置いてあったのに、やっぱり新しい方を齧った方が、ママにウケがいいと知って、早速プーさんを齧ってくれたのだった。(タメイキ・・・。)

そんなアレちゃん、これでも毎週のおべんきょの成果が着実に表れてきている。
「犬の学校とか、おべんきょって何するの?」
友人によく聞かれる。

犬が先生してるンでもないし、机に向って授業受けるワケでもない。
1+1=? はい、ワンワン!なんておべんきょでもない。

人の指示に従う事を教える、おべんきょなのである。
他にどんなに楽しそうなコトを見つけても、呼んだらすぐに傍に来る。

人の左側に付いて、ハヤル気持ちを抑え、人の速度に合わせて歩く事。
座れ。伏せ。来い。立って。くぐれ。止まれ。待て。飛べ。あとへ。
基本のこれらの動きと、人の目を見て指示を待つコトなどを、今、練習してる。

見た目コワモテ、体がデカイ、顔がデカイ、口がデカイ、声もデカイ。
見るからに力の強そうなシェパードは、よっぽどお行儀が良くないとウケが悪い。
なんたって警察犬のイメージがあるから、人の指示をピタッと聞いて欲しいワケ。

何度も繰り返して練習し、復習し、練り直し、組み替えなおす。
指示を言葉で理解させ、手や指や体の動きと組み合わせて覚えさせる。
「ねぇ速く言って〜次は何!?」と、指示を待つくらいの集中力を引き出したい。

うまくできたときには、ご褒美にボールが飛び出してくる。
ボールは、大して好きじゃなかったけれど、なんだか人が大喜びで出してくるし、咥えてみるとヤケに褒められるし、で、だんだん好きになってきた。

言われたコトが正しく出来たら、ボールが出て来て褒められる・・・の構図が出来上がってきた。
アレにとっても、楽しいような悪くない気がしてきてる。
シェパードが、人との作業をとっても楽しむ犬種だという事に、今更ながら驚かされるのだ。

「さぁ、やるよっ!」
その掛け声で、ピッ☆と、こちらに集中する顔がなんとも可愛い。

おべんきょの後、ハードルを飛ぶ練習もしている。
アジリティといって、犬の障害物競技の科目だ。
トンネルくぐったり、坂道駆け上ったり、犬も人も楽しそうな運動会みたいなモノだ。

素早く動き回るのが大好きなアレックスには、向いていそう。
俊敏なタイラーもお得意かもしれない。

人間の赤ちゃんが大人の話を聞いてず〜っと言葉を溜め込んでいて、ある時、一気に話し始めるのと同じで、シェパードも覚えた事を一気にできるようになる犬種なンだそうだ。
で、また一時、停滞期があるけど、またできるようになって・・・と、レベルアップしていくのだそうだ。

今まで教えた事を砂が水を吸い込むように覚えていて、今、それを吐き出しているかのようにスイスイやってみせる。
出した指示通りに楽しそうに動くアレックス。こうなると人間の方も面白くなってくる。
ヨダレだらけ、土埃だらけ、汗まみれで、一緒にニコニコと公園を駆け回る。

夕方、少し涼しくなった頃、一匹ずつ順番に散歩に連れ出してみる。
数頭一緒の散歩と違って、犬も落ち着いて歩き、私との交流を楽しんでいるように見える。

ウチに来た当初のタイラーは、ウナギ犬でにょろにょろしちゃって散歩しにくくってしょうがなかった。
それが今や、リードを張らずに横を歩いていたりする。
あれ!?っと思わずタイラーの存在を確認したりしちゃう。
公園で鳩にセットして真剣に匍匐全身する姿は相変らずで、他の飼い主さんに大ウケだけど。

ナッシュもすっかり穏やかになって、私の歩く速度にぴったり合わせて付いてくる。
赤ちゃんや子供が大好きで愛想が良く、ナッシュから見たアヤシイ・人相が悪い男の人?にはたまに吠えるけど、道で出会う初めての人にもおとなしく頭を撫でられたりしてる。
アレックスと一緒に、獰猛なシェパードのイメージを変えるコトが小さなシアワセだ。

もっと身近で飼い方・躾け方教室とかが頻繁に開かれて、飼い主さんの相談に乗ってくれる場所があるといいのにね。
動物って可愛いし、癒されるから、沢山の人に接してみて欲しいと思う。
お行儀の良い動物たちなら、動物嫌いな人にも理解が得られるようになるンじゃないかな。
人も犬達も、仲良くシアワセに暮らせる街になるといいな〜。

夜、鏡に映った歯ブラシを握る腕が、また一段と太く逞しくなっていた。
つい鏡に向ってチカラコブを作ってポーズを取った、昔は華奢、今は筋肉質な大型犬飼い主であった。