Vol.91

カヤック犬

「暇だなあ〜。」

日ごろグランドで土にまみれているラグビー息子が、休みで家にいた。

「せっかくだから、なンかしに、海、行こっか。」
「オレも行く!」

もう一人のフリーター息子も、バイトまでの時間潰しに参加表明。

今日のお供は、水泳部部長犬のタイラー。
嬉しいタイラー、今日は一人っコだ!

ウィンドしたいけど、風も無く、波も無い、穏やかな海。
こんな日の遊びは、手漕ぎのカヤックだ。

2.5人乗りのシーカヤックを貸りる。
水着にライフジャケットを付け、息子達二人で漕ぎ出していく。

私はウェットスーツに着替え、浜へ出る。
勿論片手にはタイラーのリード、片手にはタイラーのボール。
タイラーにもライフジャケットを着せて、ジャブジャブ海に入る。

リードを持ったままボールを投げてやると、大喜びのタイラー、勢いよく水の中に飛び込んでいく。
だんだんに深いところへ誘導していくと、足が届かなくなったトコで自然に犬掻きが始まる。

 

去年、初めて水に入ったタイラー、かなり泳ぎ込んだおかげで犬掻きは上達し、すいすいと力の抜けた実にいい泳ぎ方をしていた。
一度覚えたら、もう泳ぐのが楽しくて楽しくて、用がなくても水に入りたくてしようがなかった。

今年の初泳ぎはちょっとバシャバシャしたが、すぐにスムーズな泳ぎを披露してくれた。
さっすが、部長〜っ!
疲れを知らないタイラーは、笑いながらボールを追いかけて何度でも往復する。
波に乗って、楽しそうにボディサーフィンもしている。

浅瀬の足元を小さな魚が群れで泳いでいく。

「ほら、タイラー、魚だ、捕まえてみ!」

浮かぶボールに夢中のタイラー、水中にはまったく興味が無いみたいだ。

潮の流れで、あったかい場所と冷たい場所があり、お天気がイマイチだったせいか、水はまだ少し冷たかった。
しばらく遊んだタイラーは、体が冷えて震えだした。
それでもこの遊びはスゴイ魅力があって、止められない。
唇が紫色になっても、プールから出たがらない幼児と変わりがない。

浜に上がってガタガタ震えるタイラーを無理やり休ませていたら、カヤックが戻ってきた。

「2.5人乗りだけど、私も乗っていいかな〜?」
「だいじょぶだよ、乗れるよぉ。」
それじゃ〜♪と、タイラーも連れてカヤックへ乗り込む。
それじゃあ、重量オーバー、3.5人だって!

カヤックの進行方向に沿って乗ってくれれば落ち着くのに、何故か横を向いて立つタイラー。
左右のゆれにはその方が耐えやすいのかもしれないけれど、狭い横幅のカヤック。
前足乗せると後ろ足がはみ出ちゃう。後ろ足入れると前足が海の中。前足拾い上げると後ろ足が・・・。
おいおい、いいのかそれで?

なんとか無理やり4本の足を収めて出発だ。
お尻と振りっぱなしの尻尾がはみ出てる。
濡れてびしょびしょの尻尾、振らないでくれるかな〜。
しずくが飛び散って目に入るンだけどな〜。

お気に入りの大事なボールを口に咥え、ライフジャケットを着たタイラーを乗せ、どんどん沖に出て行く。
ライフジャケット着てるから、たとえ落ちても大丈夫。
なんたって水泳部部長だから、泳いで江ノ島まででも行っちゃうでしょう。

タイラーは横を向いて乗ってるから、ちょっとの油断でボールを落とす。
っていうか、わざと落として遊んでるでしょ!?

「あ、落としちゃった。ボク、大事なボールを取りに行ってこなくっちゃ!」

だめぇ〜っ!
行かなくていいっ!!
アンタ、寒くて震えてるンでしょ!?

オールで引き寄せ、ボールを拾って渡す。
これを何度も繰り返す。

チャプチャプ波に揺られて、あちらこちら。
<の〜んびり>という形容は、こういう日の為にあるような。
何をするでもなく、ただ浮かんで流されてまた漕いで戻って。

散々あちこち漂っていたら、タイラーは聞いたことの無い情けない鳴き方をし始めた。
ピスピスヒヒ〜ン。
酔ったか疲れたか寒いのか?ど〜した?そろそろ戻ろっか。

浜に向って戻り始めると、浜辺で遊んでいた人たちがじい〜っとこちらに注目している。
あ、そっか、変なカッコした犬連れてるからか〜。

人々が注目する中、無事上陸した私達。

「犬がライフジャケット着てンだあ〜」

と、変な犬がウケたその瞬間、タイラーは、震えながらその場におしっこをした。
ありゃりゃ〜と言ってるまに、今度は下痢P〜もした。

やっぱ冷えたら、そうなるのが自然。
それでヒ〜ンて鳴いてたンだね〜。
タイラーにしちゃぁ偉いじゃん!カヤック内でのお漏らしは免れたし。

今度はもっと暑くなってからの活動にしよう。
そんで今年はシュノーケル付けて、潜りも練習しようか?ワカメや魚を獲って来られるように〜♪
海の男タイラーと誓う、カヤック漕ぎ手・夢は鵜匠なのであった。