Vol.32

おけいこ

毎年、お正月を過ぎると、心に誓う事がある。
年賀状の宛先を手書きにしている為、字の下手さに我ながら落ち込むのである。
そして呟く。

「今年こそお習字を習うぞ!」

本人のミテクレはそうそう変えようがない。
でも字が上手けりゃ、字だけを見た人は、「すっご〜い日本的美人!?」と、勘違いしてくれるかもしれない。

ソソとした、和服の似合う、日本画のような、立てばシャクヤク、座ればボタン、歩く姿はユリの花なァ〜んて想像してくれるかも!?まさかいっつもGパンの色黒オバサンとは思うまい。

本人を知ってても、あっれ〜!見かけによらず、なかなか教養あるんジャン?と騙されるハズ。あ〜憧れるゥ〜。

そして敵もサルモノ、お正月過ぎの新聞には、じゃかじゃか書道の通信教育の宣伝が載り、甘い文句で私に誘いをかける。

さあ、始めるなら今がチャンス!
美しい筆文字をさらさらと!

おととしのお正月過ぎ、ついフラフラと、でも静かなる決意を心に秘めて、その誘いに乗っかった。

家族には、「どーせ続くワケない。お金の無駄。」と鼻で笑われた。ドド〜ンと届いた書道セット。

お、重たい!お手本のテキストに硯も墨も入ってて、すぐに始められる完璧セットだ。
よ〜し、これから毎日一時間づつコタツで練習だ!来年の年賀状は見違えちゃうモンね。これで教養ある日本美人になっちゃうんだィ!

そして箱に入った書道セットは、私が封を開ける時をかれこれ2年もジッと待っている。

今日は忙しい。
今、風邪ひいてる。

言い訳を自分にしつつ、家族のセセラ笑いを背中に受けながら、いいンだ!あれさえあれば、いつだって練習できるンだ!人生これから!私のお宝だィ!と強がる。

小学生の頃、おけいこ事が好きだった。

お絵かき教室、ピアノ教室、そしてお習字。

そう、これでもお習字を習っていたのだ。しかも確か、段も貰ってた。そうは言っても小学生の段とは、大人とは違うらしい。
そりゃあ、お習字だもんネ、書道じゃあない。小学校の教室に貼ってあるお習字の域を出られない。そして、それっきりなので、今もそのレベルで止まったまんまなのである。

結婚式などの受付で署名するときの緊張感。受付係りの人にジッと見つめられると、手が震える。

最近はサインペンが置いてあるから、迷わず手にするが、書きなれた自分の住所・名前でも字は小学生止まりだし、縦書きとなるとあっちゃこっちゃ向いてしまって情けない。横書き帳も置いて欲しィ〜。

家で一人、心を落ち着けてチラシの裏で練習し、ヨッシャ!っと気合を入れて臨むご祝儀袋でさえ、どうしても納得できない子供のお習字。

大人の女性らしい字が書ける人がウラヤマシ〜ィ。

これは私の内容に問題アリなのかもしれない。

ヒトと同じことはしたくない。

ちょっと変わったものが好き。

頭の中身が、大人になりきってないみたいだ。

どうしても個性的な面白い字が好きで、絵のような芸術家の字なんか見ると、いいネ〜♪って思っちゃうから、お手本のような字が身に付くとは思えない。
ま、やっても猿マネ止まりってトコでしょ〜ナ。字は体を表すってことかもしんない。

でも墨の匂いが好きだから、いつの日にか書道をタシナミたいと企むのである。

水墨画になっちゃうかもしれないけど、それも良しとしよう。
書道セットは、腐るモンじゃなし、気長に行こ〜♪。

しかし年賀状の宛名書きという課題は、毎年、容赦なく襲って来る。

う〜〜む、今年はどうするか!?

年末が近づくにつれ、私は次第にアセッタ!
そして、閃いた!

一番簡単で安いプリンターを奮発したのである。
そして、とっても丁寧なナビに従って、あっという間に接続完了。
年賀状ソフトのおかげで、いとも簡単に裏も表も出来上がってしまったのである

なんにも手伝わない家族は、「ふ〜ん、味気ないね。」なんて呟くが、まるで書道の先生が書いたようなりっぱな筆文字の宛名が、配置よく輝いている年賀状が出来上がったのである〜!

なんてお手軽。

なんてお上手。

字が曲がってない!

賢いぞ、パソコン!偉いぞ、プリンター!!

これで、また書道セットの登場は、更に遠のいた。
そして今年も押入れの奥で、他のお宝と一緒に、深い眠りについているのであった。