Vol.19

初心者軍団・特訓日

梅雨入り前の日曜日、目覚まし時計をかけて早起きする。
ウィンドの神さまが、初心者軍団を特訓してくれるという有り難い日である。
朝寝坊なんてしてらンない。

天気は夏。半袖・ハーパンOK。風はドン吹き。
これじゃ神さま、初心者なんて見てらンなくて、ご自分でカッ飛んで行っちゃうンじゃないかと疑う。

午前中から、次々と初心者軍団、集まってくる。
飲みすぎの二日酔い、風邪ひいて何故か鼻血出た、肉離れ、そして原因判らないが肘痛の私。
若くない初心者軍団は、それなりに色々不具合がある。
それでも皆、何も言わず、すぐ準備を始める。

ちょうどいいことに風は落ちてきた。よし、これなら神さまも落ち着いて教えてくれる。
セイルのセッティングから、自分でがんばってやってみる。
アクシデントは恐いから、聞きながら確かめる。よし、できたゾ!

神さま、おもむろに皆を集め、
「オハヨウございます!これより講習を始めます。」
紙を広げて材木座の湾を描きだす。
こんな真面目な空気は初めてだ。
初めて知るタコ壺の位置。定置網の存在。

海はジェットとサーファーとウィンドサーファーの為の遊び場だけじゃぁないんだ。
漁師の方たちの、ここは神聖な仕事場だったんだァ〜。
漁船があるのは知ってたけど、波打ち際遊びの私の意識にはなかった。

今日の風は北で、この向きで吹いているから、ここまでボードを引いて歩いて行ってから海へ出ること。午後、南に変わるからこの向きになる。
天気図見て風を予測する、気象予報士の域。

江ノ島の方向へ向かって行って、このあたりでターンして戻ってくる事。
それから今日は材木座のお祭りで、午後、御神輿が海へ入るからこの辺りには行かないように。

続いて屋根に皆で上がり、海の色、波の様子を実際に見て風を教えてもらう。
地形によって風は、海上でも場所ごとに変わる。風なんて目で見て解るモンとは思わなかった。
これぞ漁師の域。

今日はゾディアックボートも出して、神様は海上からメガホンで指導してくれるとのこと。
ゾディアックは、フランス海軍が使っているとかいうエンジン付きの上陸用ゴムボート。
これさえ出てれば、勇気凛々、百人力。
手を挙げればいつでもすぐにそばにへ来てくれるし、疲れたら乗せて貰える都合のいいタクシーみたいなモン。

それならでっかいワンコもと、人間用のライフジャケットを着せて海へ連れ出す。
張り切って行ったにもかかわらず、でかワンは波打ち際で足踏ん張り、水に入るのを拒む。
浜辺の人たち皆注目。
でっかいナリして「カンベンしてエ〜」のヘッピリ腰が情けない。
しかし飼い主も情け容赦ない。

ゴマカシゴマカシ、ウィンドのボードに乗せる。そして迎えに来てくれたゾディアックに移す。
神妙にライフジャケット付けてボートに乗ってるでかワンは、まるで水難救助犬みたいだ。
でも浜辺で見てた人は知っている。実は水を恐がってたコトを。

私に何かあったら、犬掻きで助けに来てくれる事を祈りつつ、ウィンドの練習。
風は落ちたけど初心者軍団には有り難い。
スゥ〜と船出する。ウン、調子良いゾ。

ブームを掴む手の位置はこの辺かなァ。
いつもならこのあたりで折り返すなァ、でも今日は行っちゃえ〜!
足の立ち位置はここでいいのかなァ。
ウン、ウン、調子良い、もっと行っちゃえ〜。
風の入れ方はこんナンでいいのかなァ。
ウゥン、腕が痛くなってきた。でももう少し行っちゃえ〜。
まだ、前に走ってる人がいるから大丈夫かなァ。
もう少しだけ行っちゃえ〜。
そして前には誰もいなくなる。感動!
沖を見ればアメリカ大陸が・・・?

波というより、うねりと言った感じで上下するボード。
膝を使って吸収しながら耐える〜。海の色は深〜い。
クラゲがウニャンウニャンと泳いでる。
可愛いけどそばには来ないでねエ〜。

何とか向きを変え、岸へ向かう。
疲れてるけど、だんだん岸が近づいてると思うと安心。
今度は後ろから波。何が起きたのか解らないうちに沈する。
後ろから不意打ちとは、ヒドイ〜。


何度か沖を目指し、岸を目指し、出発地へきちんと戻れないから魔の三角を描く。
でもと〜っても楽しい! 風のおかげで水の上を走れる、という単純だけど難しいトコが良い。
エンジンがあれば誰でも思うところへ行けるけど、風は気まぐれ。
強かったり止んだり、向きが変わったり。

風と戦っちゃダメと神さまは言う。
風に体を預けるように、風とお友達にならなくちゃいけないらしい。
体重全部預けたって、風はちゃんと運んでくれる。
木の葉に乗ったアリンコのよう。
人間なんてちっぽけだなァ〜なんて思っちゃう。

さて水難救助犬もどきのでかワンは、帰りに何を思ったか自らボードを飛び降り、岸へ向かって犬掻きを披露してくれた。
でもそれはやはり一瞬の気の迷いで、すぐあわててボードへ這い上がろうとアガイテいた。
彼も私同様、まだまだ練習が必要なようである。

夕方ふと思い出した。

御神輿!

お祭り大好きな私は若い頃、御神輿も担いだし、山車の上で太鼓も叩いた。
ところが今日の御神輿が海へ入るというビッグイベントを、海にいながら見逃したのである!
自分のウィンドに夢中で、何も見ていなかったのだ。
やっぱし私は、アリンコ。ちっぽけだったァ〜!